「家族信託をするなら、受託者は長男の自分がなるのが自然だろう。でも、本当に自分で務まるのだろうか」
家族信託を考え始めると、次に悩むのが受託者を誰にするかです。受託者は、親の財産を預かって管理する重要な役割です。兄弟の誰がなるべきか、遠方に住んでいても大丈夫か、決めきれずに話が止まってしまう家庭も少なくありません。
さらに不安なのが、親が認知症になった後のことです。「受託者になれば、親に相談しなくても家を売れるのか」「親のお金を孫に贈与してもいいのか」。こうした疑問の答えは、実はすべて信託契約書に何を書いたかで決まります。
この記事では、受託者にできること・できないこと、受託者に向いている人、守るべき義務、そして受託者に何かあったときの備えを、信託法をもとに解説します。
結論|受託者ができることは「契約書に書いた範囲」で決まる
信託法では、受託者は信託財産の管理や処分、その他信託の目的を達成するために必要な行為をする権限を持つとされています。ただし、信託契約でその権限に制限を加えることもできます。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第26条)
つまり、受託者が一人で家を売れるかどうかは、契約書で「売却できる」と定めているか、制限していないかによって決まります。
| 契約書の定め方 | 親が認知症になった後の受託者 |
|---|---|
| 信託の目的に「介護費用のための売却」を含め、処分の権限を定めている | 受託者の判断で売却できる |
| 処分の権限について何も制限していない | 信託の目的に沿う範囲で売却できる |
| 「売却には受益者の同意が必要」と定めている | 親の判断能力がないと売却が難しくなる |
| 管理だけを目的とし、処分を禁止している | 売却できない |
「委託者:母 受益者:母 受託者:私 たとえば、このような信託契約を締結していたとします。 そうこうしているうちに母が認知症になり、施設に入居することになったとします。 そのため、受託者である私は母の介護費用捻出などのために、母名義の自宅などの不動産を売却しようと考えたとします。 このとき、私は「単独」で判断して売却することはできるのでしょうか?」 (出典:Yahoo!知恵袋、2024年12月22日投稿/質問ページ)
この相談の答えは、契約書で受託者に処分の権限を与えていれば「できる」です。親が認知症になってからでも家を売れるようにすることこそ、家族信託の大きな目的だからです。
ただし、売ったお金は受託者のものでも、親個人の口座のものでもなく、信託財産として管理します。売却代金は信託専用の口座に入れ、親の介護費用など信託の目的のために使います。
親が認知症なのに、子どもが一人で家を売ってしまうなんて、あとで兄弟から文句を言われませんか?
契約書で権限が定められていれば、法的には問題ありません。ただ、兄弟が契約の内容を知らないと「勝手に売った」と受け取られがちです。契約のときに兄弟にも内容を共有しておき、売るときも事前に知らせ、売却代金の使い道を記録しておけば、トラブルはかなり防げます。
受託者に向いている人・向いていない人
受託者には、特別な資格は必要ありません。ただし、未成年者は受託者になれません。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第7条)
法律上は家族の誰でもなれますが、長く務まるかどうかは別の問題です。次の表で、候補者を比べてみてください。
| 判断のポイント | 向いている人 | 向いていない人 |
|---|---|---|
| 年齢・健康 | 親より十分に若く、健康 | 親と年齢が近い、持病がある |
| 住んでいる場所 | 親の家や財産の近く(福島県内など)に住んでいる | 遠方で、帰省も年に数回 |
| 事務の得意・不得意 | 通帳の記帳や書類の整理が苦にならない | お金の管理や書類仕事が苦手 |
| 家計との区別 | 自分のお金と親のお金をきちんと分けられる | 家計に余裕がなく、つい借りてしまいそう |
| 兄弟の納得 | ほかの兄弟が「この人なら任せられる」と思っている | 兄弟との関係がこじれている |
遠方に住んでいても受託者にはなれます。その場合は、地元に住む兄弟に日常の見回りを頼むなど、役割を分けておくと負担が軽くなります。
長男だから受託者になるべき、と親に言われています。でも東京に住んでいて、福島の実家にはなかなか帰れません。
長男である必要はありません。受託者は、財産を長く、きちんと管理できる人を選ぶことが一番大切です。実家の近くに住む兄弟が受託者になり、遠方の長男は相談役や後継受託者になるという分け方もあります。誰が受託者になるかは、家族全員で話し合って決めてください。
受託者の5つの義務と「やってはいけない」例
受託者には、信託法でいくつもの義務が定められています。主なものを、具体的な「やってはいけない」例と一緒にまとめました。
| 義務 | 内容 | やってはいけない例 |
|---|---|---|
| 善管注意義務 | 信託の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって信託事務を処理する | 実家を空き家のまま放置し、雨漏りで傷ませる |
| 忠実義務 | 受益者のために忠実に信託事務を処理する | 自分や自分の家族の得になるように財産を動かす |
| 利益相反行為の制限 | 信託財産を自分の財産にしたり、自分の財産を信託財産にしたりしない | 信託した実家を、受託者自身が安く買い取る |
| 分別管理義務 | 信託財産と自分の財産を分けて管理する | 親のお金を自分の口座に移して管理する |
| 帳簿等の作成・報告義務 | 帳簿を作り、毎年1回、貸借対照表や損益計算書などを作って受益者に報告する | 何も記録せず、お金の出入りを説明できない |
(出典:e-Gov法令検索「信託法」第29条・第30条・第31条・第34条・第37条)
利益相反行為の制限に違反して、信託財産を自分の財産にした行為などは、原則として無効になります。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第31条)「家族だから大丈夫」ではなく、受託者は法律上の責任を負う立場であることを意識しておきましょう。
「母は以前から「孫への生前贈与」を強く希望していました。 こういう状況になった場合、私はその信託口座から年間110万円を孫の(つまり私の子供の)口座へ毎年振り込みをしてもいいのでしょうか?」 (出典:Yahoo!知恵袋、2024年12月30日投稿/質問ページ)
この相談者は受託者で、母が認知症になった後に、信託口座から自分の子(母の孫)への贈与を考えています。母の希望だったとしても、受託者自身の子どもにお金を移す行為は、受益者である母のためというより、受託者の家族のための行為と見られやすくなります。
母の生活や介護を目的にした信託であれば、孫への贈与は信託の目的から外れるおそれがあります。生前贈与を続けたい場合は、信託契約を結ぶ段階で、贈与を信託の目的や受託者の権限に含めるかどうかを専門家と検討しておく必要があります。
母が元気なときに「孫にあげたい」と言っていたのは本当なのに、それでもダメなんですか?
口頭の希望だけでは、受託者が贈与をする根拠として弱いのが実情です。受託者は契約書の目的と権限の範囲でしか動けないため、契約書に贈与の定めがなければ、贈与は控えるべきです。母の希望を実現したいなら、元気なうちに契約書へ明記しておくか、母自身が贈与をしておくことが必要でした。今からできることは、専門家に契約書の内容を確認してもらうことです。
受託者に何かあったら?後継受託者と監督役
家族信託は、10年、20年と続くことがあります。その間に、受託者自身が亡くなったり、病気になったりすることも考えておかなければなりません。
受託者の任務が終わるとき
受託者の任務は、受託者の死亡、受託者が後見開始や保佐開始の審判を受けたこと、受託者の辞任や解任、信託行為で定めた事由などで終わります。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第56条)
受託者が辞任するには、原則として委託者と受益者の同意が必要です。やむを得ない事由があるときは、裁判所の許可を得て辞任することもできます。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第57条)親が認知症になった後は同意を得るのが難しいため、辞任の方法も契約書で決めておくと安心です。
後継受託者を契約書で決めておく
受託者の任務が終わったとき、契約書に次の受託者(新受託者)を定めておけば、その人が引き継ぐことができます。定めがない場合は、委託者と受益者の合意で選ぶことになりますが、親の判断能力がなければ裁判所に選んでもらう手続きが必要になることもあります。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第62条)
受託者を見守る「受益者代理人」
受益者である親が認知症になると、受託者の仕事をチェックする人がいなくなります。そこで、信託契約で受益者代理人を指定しておく方法があります。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第138条)たとえば、受託者を長男、受益者代理人を長女にすると、兄弟でお互いを見守る形になります。
| 備え | 決めておくこと | 効果 |
|---|---|---|
| 後継受託者 | 受託者に何かあったときに引き継ぐ人 | 信託が止まらない |
| 受益者代理人 | 親に代わって受託者をチェックする人 | 兄弟の不信感を防ぐ |
| 辞任の方法 | 受託者が続けられなくなったときの手順 | 裁判所の手続きを避けやすい |
後継受託者まで決めておくなんて、縁起でもない気がします。本当に必要ですか?
必要です。受託者が親より先に亡くなったり、病気で続けられなくなったりすることは十分にあり得ます。そのときに後継受託者が決まっていないと、新しい受託者を選ぶまで財産の管理が止まってしまいます。親が元気なうちにしか決められないことなので、契約のときに必ず検討してください。
受託者の報酬と負担を兄弟で話し合うポイント
受託者は、信託契約で信託報酬を受け取ると定めた場合に、信託財産から報酬を受け取ることができます。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第54条)家族信託では無報酬にする家庭も多いですが、負担が大きい場合は報酬を定めることも検討しましょう。
受託者の負担は、信託する財産の内容で大きく変わります。
| 信託する財産 | 受託者の主な仕事 | 負担の目安 |
|---|---|---|
| 自宅だけ | 固定資産税の支払い、家の管理、売却手続き | 比較的軽い |
| 自宅+預貯金 | 上記に加え、介護費用の支払いと記録 | 中程度 |
| アパート・駐車場などの収益物件 | 家賃の管理、修繕、信託の計算書の作成 | 重い |
収益物件がある場合の税金の手続きは「家族信託の税金は3つのタイミングで考える」で、受託者の負担がデメリットになるケースは「家族信託のデメリット5つ」で解説しています。
弟が受託者になって報酬をもらうと、ほかの兄弟が不公平だと感じそうです。どう決めればいいですか?
報酬を決めるときは、受託者の仕事の量を兄弟全員で確認することが大切です。毎月の支払いや記録、家の管理にどれくらい時間がかかるかを共有すれば、報酬が「手当」であることを納得してもらいやすくなります。金額や計算方法は契約書に書き、毎年の報告で使い道を見える化しておくと、不公平感を防げます。
福島で受託者の決め方を相談するなら
受託者を誰にするか、どこまでの権限を与えるかは、信託契約書の設計そのものです。家族だけで決めずに、家族信託に詳しい司法書士や弁護士に相談しながら進めるのが安心です。
福島県内で家族信託を進める場合、信託契約を公正証書にする公証役場や、信託登記をする法務局は県内にあります。窓口の一覧は「家族信託の手続きは何から?」で紹介しています。成年後見制度との違いを確認したい方は「家族信託と成年後見の違いは?」もご覧ください。
専門家に相談するとき、受託者について何を準備していけばいいですか?
受託者の候補者と後継受託者の候補者、信託したい財産の一覧、そして親が将来どうしてほしいと考えているかをまとめておいてください。とくに「家を売ってもよいか」「誰かに贈与したいか」といった親の希望は、受託者の権限を決める大事な材料になります。候補者本人も一緒に相談に行くと、話が早く進みます。
よくある質問
受託者を途中で変えることはできますか?
できます。受託者は、委託者と受益者の同意を得て辞任でき、やむを得ない事由があれば裁判所の許可を得て辞任することもできます。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第57条)新しい受託者は、契約書の定めや、委託者と受益者の合意などで決めます。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第62条)
受託者が先に亡くなったらどうなりますか?
受託者が亡くなると、その受託者の任務は終わります。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第56条)契約書で後継受託者を定めておけば、その人が引き継ぎます。信託財産は受託者個人の財産ではないため、受託者の相続人が相続するわけではありません。
孫や甥・姪は受託者になれますか?
成人していればなれます。信託法で受託者になれないとされているのは未成年者です。(出典:e-Gov法令検索「信託法」第7条)親より若い世代が受託者になると長く務めやすい一方、まだ若い孫に重い責任を任せてよいかは、本人の意思も含めて家族で話し合いましょう。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的なご相談は専門家にお問い合わせください。
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