「父は今もアパートの管理を自分でしているけれど、最近は物忘れが増えてきた。もし認知症になったら、入居者の契約や修繕はどうなるんだろう」
親が賃貸物件を持っている家庭では、こうした不安を抱えている方が少なくありません。自宅だけなら「しばらく空き家にしておく」こともできますが、アパートには入居者がいて、毎月の家賃の入金や設備の故障、契約の更新が待ったなしでやってきます。
この記事では、親が認知症になるとアパート経営の何が止まるのか、家族信託で受託者ができること、契約書に書いておくべき権限、家賃の管理方法、税金の注意点を解説します。
結論|親が認知症になるとアパート経営が止まる。家族信託なら受託者が続けられる
契約などの法律行為をした時に意思能力がなければ、その行為は無効になります。
(出典:e-Gov法令検索「民法」第3条の2)
つまり、親が認知症で判断能力を失うと、アパートのオーナーとして必要な契約ができなくなります。
| アパート経営の仕事 | 親が認知症になると |
|---|---|
| 新しい入居者との賃貸借契約・更新 | 親が契約できない |
| 大規模な修繕・リフォームの発注 | 工事の契約ができない |
| 建て替え・借入れ | 建築請負契約も、銀行の融資契約もできない |
| 物件の売却 | 売買契約ができない |
| 家賃の受け取り | 親の口座に入金は続くが、口座の管理が難しくなる |
家族信託でアパートを信託しておけば、受託者(子など)が、信託財産の管理や処分など、信託の目的の達成に必要な行為をする権限を持ちます。
(出典:e-Gov法令検索「信託法」第26条)
親の判断能力が低下しても、受託者がオーナーとして経営を続けられるのです。
管理会社に任せているから、親が認知症になっても問題ないんじゃないですか?
日常の管理は続けられても、オーナーでなければできない判断が止まります。大規模修繕の発注、建て替え、借入れ、売却は、管理会社が代わりに決めることはできません。管理会社に任せている物件ほど、「最後の決定権」を誰が持つかが重要になります。
受託者ができること。契約書に書いておくべき権限
受託者の権限は、契約書で制限することもできます。
(出典:e-Gov法令検索「信託法」第26条)
そのため、アパートを信託するときは、どこまで任せるかを契約書にはっきり書いておくことが大切です。
| 受託者の仕事 | 契約書に書いておきたいこと |
|---|---|
| 入居者との契約・更新・解約 | 賃貸借契約の締結・更新・解除の権限 |
| 家賃の受け取りと管理 | 信託口口座で管理すること、家賃から経費を払うこと |
| 修繕・リフォーム | 修繕・改良工事を発注する権限 |
| 建て替え | 建物を取り壊し、新しく建てる権限 |
| 借入れ・抵当権の設定 | 信託財産を担保にお金を借りる権限 |
| 売却 | 物件を売却する権限と、売却代金の扱い |
とくに注意したいのが、建て替えと借入れです。契約書にこれらの権限がないと、親が認知症になったあとで建て替えや融資を受けることはできません。
「家族信託してるだけの素人です。(中略)この土地を売れるかどうかでいえば、信託契約次第となります。うちは信託資産を売ることも、信託資産を担保に借金をすることもできる、という内容で契約しましたので、売れますし実際に(私が作った法人に)売りました。今回、信託不動産を担保に融資を受けて新しいアパートも建てます。」
(出典:Yahoo!知恵袋、2025年1月28日投稿の質問への回答/質問ページ)
この方は、契約書に「売却」と「借入れ」の権限を入れていたため、実際に信託不動産を担保に融資を受けて、新しいアパートを建てられています。「何ができるかは契約次第」というのが、家族信託でアパート経営を引き継ぐときの一番のポイントです。受託者の権限の決め方は「家族信託の受託者は誰にする?」でも解説しています。
権限を広く書きすぎると、受託者が勝手なことをしないか心配です。
その心配はもっともです。権限を広くするなら、「建て替えや売却には信託監督人の同意を必要とする」といった歯止めを一緒に入れる方法があります。親の意向と、ほかの兄弟の安心感の両方をふまえて、権限の範囲を決めてください。
家賃と借入金の管理は「分けて」「記録する」
受託者には、信託財産を自分の財産と分けて管理する義務があります。
(出典:e-Gov法令検索「信託法」第34条)
また、帳簿を作り、毎年1回、貸借対照表や損益計算書などを作成して、受益者に報告しなければなりません。
(出典:e-Gov法令検索「信託法」第37条)
アパートを信託したときの、お金の流れの基本は次のとおりです。
| お金の流れ | 管理の方法 |
|---|---|
| 家賃の入金 | 入居者の振込先を、信託口口座に変更する |
| 管理費・修繕費・固定資産税の支払い | 信託口口座から支払う |
| ローンの返済 | 信託口口座から返済する |
| 親の生活費・介護費 | 信託の目的に沿って、信託口口座から受益者のために支出する |
受託者が自分の口座で家賃を受け取ると、親のお金と自分のお金が混ざり、あとで兄弟から使い込みを疑われる原因になります。信託口口座の作り方は「家族信託の信託口口座とは?」で解説しています。
帳簿って、会社みたいなしっかりしたものが必要なんですか?
会社の決算書ほど厳密でなくてもかまいませんが、家賃収入と経費、借入金の残高が毎年分かる記録は必要です。アパートの場合は確定申告もあるため、申告用の帳簿を受託者の報告にも使えるよう整えておくと効率的です。
建て替え・借入れは、銀行との事前調整がカギ
建て替えや借入れを考えているなら、家族信託の契約前に、融資を受ける予定の銀行と相談しておくことが欠かせません。信託不動産を担保にした融資に対応しているかどうかは、金融機関によって違うからです。
「この度、家の建て替えをし 親の高齢(89歳)、そして家の老朽化もあり、相続税対策もふくめ、親の名義で建て替える事となりました そして3階建てにして、最上階に私たちが住み、2階 3階を貸します その際、建築会社と銀行から、家族信託を勧められました」
ベストアンサー:「建物も信託により子の名義にすることで、契約更新や売却などもできるようになります。」「うちは相続対策で家族信託を行い、信託資産に対して新規の融資をしてもらうために口座も作ったので、節税効果と天秤にかけて妥協した形になっています。」
(出典:Yahoo!知恵袋、2024年10月22日投稿/質問ページ)
このケースのように、高齢の親の名義で建て替えや融資を進めるときは、銀行の側から家族信託を勧められることもあります。融資の途中で親が認知症になると、追加の契約や返済条件の変更ができなくなるおそれがあるからです。
銀行に確認しておきたいことは、次のとおりです。
- 信託不動産を担保にした融資(信託内融資)に対応しているか
- 信託口口座を作れるか、手数料はいくらか
- 契約書に入れてほしい条項や、公正証書での作成が必要か
- 既存のローンがある場合、信託することへの承諾が必要か
すでにアパートローンが残っている物件でも、信託できるんですか?
できますが、必ず事前に銀行の承諾を取ってください。多くのローン契約では、担保の不動産の名義を変えるときに銀行の承諾が必要とされています。黙って信託すると、契約違反として一括返済を求められるおそれもあります。
税金の注意点 赤字は損益通算できない
アパートを信託しても、家賃収入は受益者である親の所得として、これまでどおり親が確定申告をします。ただし、信託ならではの注意点があります。
信託の受益者である個人の場合、信託から生じた不動産所得の損失は、生じなかったものとみなされ、他の不動産所得の黒字から差し引くことも、損益通算することもできません。また、信託から生じる不動産所得がある人は、信託ごとに収支の明細書を確定申告書に添付する必要があります。
(出典:国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」)
| 項目 | 信託していない場合 | 信託した場合 |
|---|---|---|
| アパートの赤字を、年金などほかの所得と相殺 | 一定の場合にできる | できない |
| 信託したアパートの赤字を、信託していない別の物件の黒字と相殺 | できる | できない |
| 確定申告の添付書類 | 通常の収支内訳書など | 信託ごとの収支の明細書も必要 |
(出典:国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」)
建て替えの直後や大規模修繕の年は、減価償却費や修繕費で赤字になりやすい時期です。その赤字を相殺できないと、税金の負担が思ったより重くなることがあります。物件が複数ある場合は、どの物件を信託するかによって税金が変わるため、税理士と相談しながら決めましょう。損益通算の注意点は「家族信託のデメリット5つ」、税金の全体像は「家族信託の税金は3つのタイミングで考える」でも解説しています。
名義が受託者になるなら、家賃収入の確定申告も受託者がするんじゃないんですか?
いいえ、確定申告をするのは受益者である親です。税金の世界では、信託財産から生じる収益は受益者のものとして扱われます。親が認知症になったあとは、受託者が書類を準備して申告を手伝う形になるのが一般的です。
管理会社・入居者への対応
信託をしたら、アパートの関係者にオーナーが変わったことを伝えます。
| 相手 | 伝えること |
|---|---|
| 管理会社 | オーナーが受託者になったこと、送金先を信託口口座に変えること |
| 入居者 | 家賃の振込先の変更(管理会社経由で通知することが多い) |
| 火災保険の保険会社 | 契約者や被保険者の名義変更が必要か |
| 銀行(ローンがある場合) | 返済口座の変更、担保の扱い |
入居者にとっては、家賃の振込先が変わるだけで、住み続けることに影響はありません。「オーナーが替わって追い出されるのでは」と不安に思わせないよう、管理会社と連携して丁寧に通知しましょう。
入居者との賃貸借契約は、全部結び直さないといけないんですか?
一般的には、結び直す必要はありません。貸主の地位が受託者に引き継がれるため、通知で足りることがほとんどです。ただし、契約書の内容や管理会社の方針によって対応が異なるため、信託する前に管理会社に確認しておくと安心です。
専門家に相談すべきケース
アパートの家族信託は、自宅だけの信託よりも検討することが多くなります。次のケースでは、家族信託に詳しい司法書士や税理士への相談をおすすめします。
| 相談すべきケース | 相談先の目安 | 理由 |
|---|---|---|
| 将来の建て替えや借入れを考えている | 司法書士・銀行 | 権限の書き方と、銀行の対応可否の確認が必要 |
| アパートローンが残っている | 司法書士・銀行 | 銀行の承諾と、返済の扱いを整理する必要がある |
| 物件が複数あり、赤字の物件もある | 税理士 | どの物件を信託するかで税金が変わる |
| 兄弟の一人が受託者になり、ほかの兄弟が不安に思っている | 司法書士 | 信託監督人などの歯止めを検討する必要がある |
| 親の死後、アパートを誰に引き継ぐか決めたい | 司法書士 | 信託の終わり方と帰属権利者の設計が必要 |
親が亡くなったあと、信託したアパートが誰に渡るかは、契約書の終わり方の定めで決まります。詳しくは「家族信託の終わり方」をご覧ください。福島県内の公証役場や法務局の窓口は「家族信託の手続きは何から?」で紹介しています。
父はまだ元気なので、もう少し様子を見てからでもいい気がします。
家族信託は、親に判断能力があるうちしか契約できません。アパートの場合、銀行との調整や管理会社への確認にも時間がかかります。「物忘れが増えてきた」と感じた今が、家族で話し合いを始めるちょうどよい時期です。
よくある質問
家族信託と法人化(資産管理会社)は、どちらがいいですか?
目的によって変わります。法人化は所得の分散などの税金面のメリットがある一方、設立や毎年の決算に費用がかかります。家族信託は、親の判断能力が低下したときの経営の継続を主な目的とする仕組みです。両方を組み合わせることもあるため、税理士と司法書士の両方に相談するのが確実です。
兄弟が家族信託に反対しています。親と受託者だけで契約できますか?
家族信託の契約は、委託者である親と受託者の間で結ぶため、法律上はほかの兄弟の同意は必要ありません。ただし、兄弟に知らせずに進めると、親の死後にトラブルになりやすくなります。契約内容を家族で共有しておくことをおすすめします。
親が亡くなったら、信託したアパートはどうなりますか?
契約書で定めた終わり方に従います。親の死亡で信託が終わる定めであれば、契約書で指定した帰属権利者にアパートが引き継がれます。指定がなければ、親の相続人に帰属することになり、遺産分割が必要です。
(出典:e-Gov法令検索「信託法」第182条)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的なご相談は専門家にお問い合わせください。
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